ベンチャーのための戦略的会社設立ガイド#5 医療法人とMS法人編

はじめに:なぜクリニック経営に「もう一つの会社」が必要なのか?

クリニックや病院を開設・運営する際の基本となるのが、医療法に基づく「医療法人」です。しかし、先進的なクリニック経営者の多くが、この医療法人と並行して、もう一つの会社、通称「MS法人(メディカル・サービス法人)」を設立・活用していることをご存知でしょうか。

MS法人とは、医療法人が行うことのできない、あるいは不得意とする営利事業を担うために設立される、株式会社や合同会社などの営利法人のことです。

なぜ、わざわざ2つの法人を使い分けるのでしょうか? それは、医療法人が持つ「非営利性」という制約を、MS法人が補完することで、より自由で戦略的な事業運営と、経営者への適正な利益還元を両立させるためです。

今回は、この「医療法人」と「MS法人」を連携させるという、高度な経営戦略の仕組みと、その設立・運営における重要な注意点を解説します。

ポイント1:医療法人の原則「非営利性」とその限界

まず、大前提として医療法人のルールを理解する必要があります。

医療法人は、その公益性の高さから税制面で優遇される一方、医療法によって「剰余金の配当(利益の配当)の禁止」が定められています。つまり、事業でどれだけ利益が出ても、株式会社のように出資者(社員)に配当として分配することはできません。理事長や役員は役員報酬という形で給与を得ることはできますが、事業の成長による利益を直接的に受け取ることはできないのです。

また、行える業務も、本来業務である医療の提供や、それに付随する業務に限定されており、自由な営利活動はできません。

ポイント2:MS法人の役割とは? 医療法人から「営利事業」を切り離す

この医療法人の制約を補うのがMS法人の役割です。MS法人は、医療法人から以下のような業務を請け負い、対価として医療法人から収益を得ます。

  • 不動産の賃貸: MS法人が所有する土地や建物を、クリニックとして医療法人に貸し出す。
  • 医療機器のリース: 高額な医療機器をMS法人が購入し、医療法人にリースする。
  • 事務業務の受託: 受受付、経理、人事、清掃といったノンコア業務を請け負う。
  • 物品販売: クリニック内で販売する、保険適用外の化粧品やサプリメント、健康食品などをMS法人が仕入れて販売する。

これらの取引を通して、医療法人の経費の一部がMS法人の収益となり、MS法人は営利法人であるため、その利益を株主(多くの場合は理事長やその親族)に配当として分配することが可能になります。

ポイント3:連携によるメリットは「利益還流」と「節税」

この2法人連携モデルは、主に以下のメリットを生み出します。

  1. 経営者への適正な利益還流: MS法人を通じて、医療法人の事業成長から生まれた利益を、配当という形で経営者一族が適正に受け取ることが可能になります。
  2. 節税効果: 医療法人とMS法人に所得を分散させることで、それぞれに低い法人税率が適用され、グループ全体での納税額を抑えられる可能性があります。また、役員報酬を両法人から受け取ることで、所得税の負担を軽減できる場合もあります。
  3. 事業承継の円滑化: クリニックの土地・建物といった高額な資産をMS法人に集約しておくことで、将来の事業承継(世代交代)の際に、医療法人の出資持分の評価額を抑え、相続税等の負担を軽減する効果が期待できます。
  4. 事業の多角化と資金調達の柔軟性: MS法人をプラットフォームとして、医療法人の枠を超えた自由なヘルスケア関連事業(フィットネスジム、有料老人ホームなど)を展開することが可能になります。また、株式会社として設立したMS法人であれば、株式や社債の発行による多角的な資金調達が可能です。そして、そこで調達した資金を医療法人に貸し付けることで、間接的に医療法人の設備投資などを支えることもできます。

ポイント4:最重要!税務当局に「否認」されないための注意点

このスキームは非常に有効ですが、一歩間違えると税務当局から「不当な利益移転」と見なされ、追徴課税などの厳しいペナルティを受けるリスクがあります。特に以下の点は絶対に遵守しなければなりません。

  • 取引価格の適正性: MS法人が医療法人に提供するサービスの価格(家賃、リース料、業務委託料など)は、市場価格に基づいた客観的で妥当な金額でなければなりません。不当に高額な価格設定は、利益供与と見なされます。
  • 役員の兼任規制: 医療法人の理事長が、取引関係にあるMS法人の代表取締役を兼任することは、利益相反の観点から原則として認められません。親族を役員にするなどの工夫が必要です。
  • 事業の実態: MS法人は、ペーパーカンパニーであってはなりません。事務所を構え、従業員を雇用し、契約書を整備するなど、独立した事業者としての実態が伴っている必要があります。

まとめ:専門家と描く、高度な経営戦略

医療法人とMS法人を組み合わせた経営は、クリニックの成長を加速させ、経営者の努力に報いるための非常に強力な戦略です。しかし、その運用には医療法、会社法、税法といった複数の法律が複雑に絡み合います。

安易な判断は大きなリスクを伴うため、構想段階から、行政書士、税理士、司法書士といった各分野の専門家と連携し、法的にクリーンで、かつ事業の実態に合った最適なスキームを設計することが不可欠です。

最後に、弊所ではMS法人設立の支援にあたっては必ず税理士の先生を入れていただくようお願いしております。

あなたのクリニックが次のステージへ飛躍するための「攻め」の法人戦略、ぜひ私たち専門家にご相談ください。

関連情報

もっと体系的に知りたい方は、弊所の「法人設立支援」ページもご覧ください

お気軽にご相談ください。

  • 初回相談は無料です。
  • 行政書士には秘密保持の義務が課せられております。
  • フォームに入力されたメールアドレス以外に、当事務所から連絡差し上げることはいたしません。