備忘録:薬機法違反と行政手続法 — 2021年製の「新しい武器」が振るわれた日

備忘録:薬機法違反と行政手続法 — 2021年製の「新しい武器」が振るわれた日
こんにちは、行政書士の大串です。
日々の業務に関連する分野で、なんとも興味深い行政処分の事例が公表されていましたので、備忘録として残しておきます。 インプレッション株式会社が、家庭用電位治療器の広告に関して医薬品医療機器等法(いわゆる薬機法)違反を問われた事案です。情報ソースは最下部にまとめています。
今回この報道を耳目にして、私が注目したポイントは2つです。 1つ目は、報道によると、これが2021年の法改正で導入された薬機法に基づく「措置命令」の初の事例であるらしいこと。2つ目は、この事案が、薬機法違反に対する「刑事(逮捕)」と「行政(措置命令)」、そして「課徴金」という異なる流れがどう交錯するかを示す、格好のケーススタディであることです。
※本記事は、公表された特定の事例や報道を個人的な趣味として分析・整理するもので、私見です。
【注目ポイント1】 薬機法「初の措置命令」
まず、1つ目の注目ポイントである「初の措置命令」について掘り下げます。確かに私も過去に見た記憶がありません。
「え?今まで誇大広告やらで捕まらなかったの?」と思うかもしれませんが、もうちょっと解像度を上げていきましょう。
まず前提から
まず前提について。詳しくは【注目ポイント2】以降で説明しますが、ここでは超ざっくりの以下3点だけ抑えておきましょう。
- 人間は自由なんだけれど、公共の福祉の面から、行政が法の下に、人の行動に規制をかけることがある。これは広告という行動についても同様。
- この法律に基づく規制に違反した者に対して、その根拠となる法を管轄する行政庁が、権利を制限したり義務を課したりする「不利益処分」を行うことがある。
- 薬機法の場合には、「何人も」を対象とする法律であるため、許可を持っている事業者である無しにかかわらず、薬機法違反をした人には管轄する厚生労働省から不利益処分が行われることがある。
この前提の上で、医薬品や医療機器といった薬機法規制下の製品の「広告」にフォーカスしていきます。
広告規制、これまでは景表法頼り
従来、これら「広告」を取り締まる場合、薬機法第66条(誇大広告の禁止)違反としては以下のものしかありませんでした。
- 刑事罰:2年以下の拘禁刑若しくは200万円以下の罰金に処し、又はこれを併科(法第85条第4号)
- 行政処分:「業務改善命令」(法第72条)や「業務停止命令」(法第75条)
この「業務改善命令」や「業務停止命令」というのはそりゃ重たい処分ではあるんですけれど、これらは製造管理体制(GVP/GQP)の不備など、事業運営全体の大きな問題に対する処分という側面が強くて、悪質な広告に対する処分にはなんかフィットしないものなんですよね。薬機法の製造管理体制は広告を打ち出す営業部門とは分離もされてますし。
では、悪質な「広告」そのものを素早く止めるために、これまでどうしてきたか、といいますと、消費者庁管轄の「景品表示法(景表法)」の「措置命令」でした。
「(薬機法違反である前に)その広告、景表法の“優良誤認”ですよね?」というロジックで、消費者庁が措置命令を出すことで是正させる処理がなされていたように思います。
薬機法に措置命令という武器が与えられた「2021年法改正」
この流れを変える杭となったのが、2021年(令和3年)の薬機法改正です。 この改正で、ついに薬機法(厚生労働省)自身が、第66条(誇大広告)違反に対して、直接的に「措置命令」(法第72条の5)や「課徴金納付命令」(法第75条の5の2)を出せるようになりました。
これが、私の言う「2021年に手に入れた武器」です。この武器はこれまで振るわれることはなかったのですが、本件で初披露。つまりついに準備が整った…ということかもしれません。
措置命令、景表法と薬機法でどう違う?
どちらも「措置命令」という名前ですが、性格が違います。
- 景表法(消費者庁): あくまで「消費者の商品選択」を守るため。「実際より良く見せかけた」こと(優良誤認)を是正させます。
- 薬機法(厚労省): 「国民の生命・健康」を守るため。「(誇大広告による)公衆衛生上の危険」を防止します。
薬機法の方が、よりダイレクトに国民の健康被害に結びつく違反行為を対象にする印象ですね。
今後は、厚労省の目が光るんじゃないかなという予想
今回のインプレッション社の事例は、厚生労働省が2021年に手に入れた「措置命令」という武器を、ついに本格的に使い始めたことを示す象徴的なケースと言えます。 これまでは景表法(消費者庁)がメインだった広告規制に、薬機法(厚労省)が本格参入したことで、医療・健康分野の広告審査は、今後ますます厳格化していく可能性が高いと見ています。
【注目ポイント2】 行政手続法と時系列で見るケーススタディ
次に、2つ目の注目ポイントである「事案の交錯」を、「行政手続法」の視点からケーススタディとして整理します。
措置命令 = 行政手続法上の「不利益処分」
まず大前提として、薬機法第72条の5に基づく「措置命令」は、行政手続法でいうところの「不利益処分」(同法第2条第4号)に該当します。 これは、行政庁が特定の人に義務を課す(=違反広告の中止や再発防止策を命じる)重い行政作用です。
そのため、行政庁(厚労省)は、この処分を行うにあたり、行政手続法(第3章)の厳格なルール、すなわち「聴聞」や「弁明の機会の付与」といった手続きを(原則として)行わなければなりません。
実際の時系列を分析する
この「行政処分のプロセス」を踏まえつつ、本件で実際に起きた時系列を並べてみます。
- 2024年 9月:【企業】自主改善の開始 インプレッション社が、自主的に「全社改革」を開始した、と(後に)主張。法務部新設などコンプライアンス体制の再構築に着手したとされています。
- 2025年 2月頃:【刑事】逮捕 大阪府警が、同社代表取締役らを薬機法違反(誇大広告)の疑いで「逮捕」。
- 2025年 8月8日:【企業】違反事実の公表と謝罪 同社が「『いあスパ』に関する重要なお知らせとお詫び」を公表。この時点で、違反広告の事実を具体的に認め謝罪し、違反表示の撤去や法務体制の強化(2024年9月から着手したこと)を公表。
- 2025年 11月7日:【行政】措置命令(不利益処分)の発出 厚生労働省が、正式に「措置命令」を発出。これは行政処分です。
- もしかしたら今後、課徴金(売上に対して4.5%)が課されるかも。
興味深い点(私見)
この時系列の興味深い点は、薬機法違反(誇大広告)という一つの違反行為に対して、行政法学上の分類が異なる3つの手続きが、それぞれ別の目的で、独立して(または並行して)進み得ることを明確に示している点です。
この事例は、
- 過去の行為に対する処罰(=行政刑罰)
- 将来の危険防止のための是正(=行政処分)
- 過去に得た利益の剥奪(=課徴金)
という3つの異なる行政目的が、それぞれ別の条文と手続きに基づいて実現されることを示す、典型的なケースと言えるんじゃないかしら、と思っています。
1. 刑事手続(行政刑罰)
- 出来事: 2025年2月の「逮捕」
- 根拠条文: 薬機法第85条第4号:拘禁刑・罰金
- 分類: 行政罰のうち行政刑罰:過去の違反行為に対する制裁(処罰)。
- 特徴: 刑事訴訟法に基づき、警察・検察が捜査し、裁判所が刑罰を科します。今回の事例では、行政(厚労省)の措置命令を待たずに、警察が先に動いています。
2. 行政処分(不利益処分)
- 出来事: 2025年11月の「措置命令」
- 根拠条文:薬機法第72条の5:措置命令
- 分類: (狭義の)行政処分:将来の公衆衛生上の危険を除去・防止すること(違反の是正)。
- 特徴: これは「行政刑罰」とは目的が異なるため、併課しても二重処罰にはあたらないと解されています。
- (事実)企業側は2024年9月から自主改善を始め、2025年8月には公に謝罪しています。
- (想像)しかし、行政(厚労省)は、これらが「自主的な取り組み」であるうちは、法的な拘束力がないと判断したのかも。
- (想像)そこで、行政手続法に基づく「聴聞」などの適正な手続き(=不利益処分を行うための手続き)を経たかも
- (事実)11月に「措置命令」が発出。
- この命令により、企業が自主的に行っていた改善策は、「法的な義務」に変わります。もし将来、この命令に違反すれば、さらに重い行政処分(法第75条の業務停止命令など)の対象となり得ます。
3. 課徴金(行政上の金銭的措置)
- 出来事: 今後課される可能性
- 根拠条文:薬機法第75条の5の2
- 分類: 課徴金(行政刑罰や秩序罰とは異なる、独自の措置):過去の違反行為によって得られた不当な経済的利益の剥奪。
- 特徴: 課徴金は「制裁(罰金)」とも「将来の是正(措置命令)」とも目的が異なります。そのため、1(刑事罰)および2(行政処分)が科されたとしても、それらに加えて「課徴金納付命令」が併課される可能性があります。
まとめ
今回の事例は、2021年の薬機法改正で新設された「措置命令」という行政の"新しい武器"が、刑事罰や企業の自主改善とは独立して、「将来の公衆衛生の担保」という目的のために行使された、という点で非常に参考になるケーススタディでした。
企業のコンプライアンス(法令遵守)において、「自主的に改善している」という姿勢や、「刑事事件として対応された」という事実があっても、それとは別に、行政が「将来の危険防止」という目的のために「不利益処分」を行うことはあり得る、ということを示す事例として備忘録に残しておきます。
■参考情報(ソース)
- 厚生労働省(本件処分):
- 医薬品医療機器等法に基づく行政処分を行いました(令和7年11月7日)
https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_65724.html
- 医薬品医療機器等法に基づく行政処分を行いました(令和7年11月7日)
- インプレッション株式会社(事業者):
- 公式サイト
https://i-impression.co.jp/ - 「いあスパ」に関する重要なお知らせとお詫び(2025年8月8日)
- 厚生労働省からの措置命令について(2025年11月7日) ※各お知らせは同社サイト掲載資料に基づく
- 公式サイト
- 逮捕に関する報道(2025年2月頃):
- 薬事法広告研究所:「医療機器製造会社「インプレッション」が薬機法違反で逮捕」
https://www.89ji.com/news/34.html - JIHO:「『糖尿病治る』虚偽広告か 医療機器会社役員ら逮捕」
https://mf.jiho.jp/article/257423 - 日本流通産業新聞オンライン:「大阪府警、薬機法違反で電位治療器販売のインプレッションを逮捕」
https://online.bci.co.jp/article/detail/2301
- 薬事法広告研究所:「医療機器製造会社「インプレッション」が薬機法違反で逮捕」
- 他の行政処分事例(参考):
- (従来の業務改善命令等の事例)日本メドトロニック株式会社等に対する業務改善命令について(2024年11月22日)
https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_45109.html - (従来の業務改善命令等の事例)株式会社長生堂製薬:医薬品医療機器等法に基づく行政処分について(2025年3月27日)
https://www.choseido.com/news/pdf/250327.pdf - (従来の業務改善命令等の事例)国立保健医療科学院:医薬品医療機器等法に基づく行政処分(業務改善命令)について(武田テバファーマ株式会社)
https://h-crisis.niph.go.jp/archives/389843/
- (従来の業務改善命令等の事例)日本メドトロニック株式会社等に対する業務改善命令について(2024年11月22日)

お気軽にご相談ください。
- 初回相談は無料です。
- 行政書士には秘密保持の義務が課せられております。
- フォームに入力されたメールアドレス以外に、当事務所から連絡差し上げることはいたしません。